もう完全に愛の虜(=神の虜)
恋にうつつを抜かしてる場合ではない、ということで前2回は真面目なことを言いましたが、まだ恋の話にはまだ続きが。これを書かなければ愛について語れない。 ここでの愛とはキリスト教が説く愛のことなのですが、 恋とは全然違うじゃん! 確かに。僕もそう思っていたのですが。このブログはまず日本語で書いてから、AI(Google翻訳)を使って英語にもしてるんですが、これまでのポストの英訳を読んでみると、日本語の「恋」も「愛」も両方 "LOVE" と訳されていました。 英語で日本語の「恋」にあたる言葉はないんかい! 恋と愛は同じかい! 英和辞典を引いても"love"は愛と恋と両方の意味がありますね。日本語でも「愛」と言えば、「恋」に関係する部分がどうしても共鳴してしま。ならば、英語圏の人々が"love"という時はなおさら「愛」と「恋」が共鳴しちゃってるんじゃないですか。だって同じ単語じゃん。 それを嫌ってか、神学的にはアガペーとかいって、"love"じゃない単語を作り出したのでしょうか。でも、アガペーってなんかとっつきにくいよね。神学的響きがするし、難しそう。なんだよアガペーって。やっぱ愛でしょ。LOVEじゃなきゃダメなのよ、って思ってるのは僕だけかな。 仏教だと、 「仏は慈悲です」 となる。これはこれでいいんですけど、キリスト教だと 「神は愛です」 これを聞いただけで、ス・テ・キ・💖💖💖となってしまう。愛と聞くと、どうしても心の中のエモーショナルな部分、あの甘美な恋の部分が共鳴してしまい、 💖💖💘 となる。なんかずるくない、キリスト教。息子といい、愛といい、反則でしょ。といいながら、僕は 以前のポスト で「ほとけに口説かれた」とか書いてますから、仏教でも同じ道を辿れるのかもしれませんが、キリスト教の方が速攻💖💖💖となる。効果は最速、即効。 特に僕のように惚れっぽい人間は「愛」って言葉に弱いんですよね。 「愛、愛、愛、それは愛・・・(永遠につづく)」 ああ、タカラヅカの世界かよ。 もう完全に愛の虜です(すなわち神の虜です。だって神=愛なんだから) 愛と慈悲の導くままに ←