一人が一人を救えば世界が変わる

 「一人でも救えたら御の字だよな」

って前回書いてて気づいたんですけど、みんながそれぞれ一人ずつ救ったら、それだけで世界中の人が救われることになりません?

一人が誰かを救って、その誰かがまた他の誰かを救って、さらにその他の誰かがさらに他の誰かを救って・・・

ついには愛が世界を覆いつくす

救うのは一人で十分じゃない?

救うってのは大義だから、愛するって言おうかしら

一人が100人愛して、後の100人は愛されるだけ、よりもそれぞれ一人が一人を愛する方が効率良くないか?

いきなり命をあげるとか、体の一部をあげるとか、全財産をあげるとか、極端なことじゃなくて、ちょっとした気遣いでいいと思うんですけど。ちょっとした気遣い、ちょっとした愛ならできるでしょ?

それなら長続きする。

長続きするってことが大事だと思うんですね。そしたら、小さな愛が、ちょっとずつ、ちょっとずつ、死ぬまで、毎日積み重なって、気が付いたら大きな、大きな愛になってると思うんですけど。

たぶん、それは、僕たちが想像しているよりはるかに、途方もなく大きくなってると思う。

まあ、とにかく、僕は無理しないことにしたんですよ。前にも言ったと思うけど。

愛と慈悲の導くままに

 

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