愛は新たな創造の原動力
英語では日本語の「愛」と「恋」が同じ"LOVE"という言葉で表されていたということで、前回から色々考えていたのですが、そもそも愛ってなんだろう? というかLOVEって何なの?
愛するってことは相手が好きで好きでしょうがないってことでしょう。それが異性であれば恋となるだけで、好きな対象が同性であっても、友人、親、兄弟、息子、娘、そのほか様々な人間、そして人間以外でも、はたまたモノであっても、そして神であってもいいわけです。
その時、相手の喜びは自分の喜びのように感じ、相手の悲しみは自分の悲しみのように感じ、あなたの幸せは私の幸せ、あなたの不幸は自分の不幸となる。あなたとわたしは一つ。
あなたは私の一部であり、わたしはあなたの一部。あなたとわたしは離れられない。運命の絆によって一つに結び付けられていて、永遠に一つ。
自分と対象が不可分であり、一つであることを指向すること
その象徴となる一番わかりやすい例が恋だから、英語では愛と恋は同じLOVEで済まされているんですかね。恋では実際に物理的(肉体的)にも一つになりたいと思う力が働くわけですが、そこから新たな命が生み出されるというのは、愛のもう一つの作用として極めて象徴的であり示唆に富んでいる。
私たちが信仰において神を愛するという時、神と一つになりたいんですよ。だから詩編でも神に恋するような詩を読んでしまうわけだし、シスターになることを「キリストの花嫁になる」とか言ったりするわけです。神を愛するって神に恋することなのかな。だからやっぱり両方"LOVE"でいいわけだ。
そして、神と一つになれたら、どうなるのかな。恍惚の中、天国に行って、それで終わり?
本当の恋の場合、新たな命が生まれるよね。
じゃあ、神と一つになったら、何か生まれるはず。新たな命として、私たちが再生されるんじゃないですかね。
神じゃなくても、わたしたちが何かを愛するとき、そしてその対象もこちらを愛してくれたら、つまりは愛が成就したら、何か新しい、そして素晴らしいものが生まれるんですよ。
あなたとわたしがひとつになったら、それで終わりじゃない。そこから新たな、もっと素晴らしいものが生まれ、新たな始まりとなる。そして、命を持った新たな始まりは独立した存在となって成長し、時が来ればふたたび、これら無数の新たな存在が、お互いに愛し合って一つとなり、また新たな、そしてもっと素晴らしい存在、命を生む。
この新しく生まれた命は、生物学的なものに限定されない。すべての愛から必ず何かが生まれる。何か素晴らしいものが生まれる。そして愛によって生み出されたものは、生物学的なものでなくても、命を持つのです。生物と言う範疇を超えて、愛は存在そのものを生み出す。
愛による結合と創造の永遠なる循環
愛と慈悲の導くままに
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