キリストの復活について考えたこと
昨日布団の中でキリストの復活について考えてたんですよね。どういう意味かなって。というか、わたしたちにとってどういう意味かなって。
正当な解釈は教会とかそちらに譲るとして、僕の個人的な、主観的な解釈なのですが、キリストが十字架にかけられたとき、群衆があざけって
「お前の神に助けてもらえ」
とか言いますよね。そして、キリストが息絶える時、何度か(3回だったかな)
「神は私をお見捨てになるのですか」
と神に訴えますよね。正確なところは、聖書を開けば分かると思いますが、今僕は神様に聖典を封印されているので開けない。みなさんはそうじゃないでしょうからご自分で聖書を当たってみたらいいと思いますが、このシーン、重いですね。
僕もさんざん仏を信じるとか、神を信じるとかここで公言してきましたけど、宗教を鼻から信じてない人や、宗教に敵意を抱いている人に危害を加えられて、なにも抵抗できず、いよいよ命も危なくなった時、
「お前の神に助けてもらえ」
などと言われてあざけられたらどうしましょう。
「神様、仏様、僕をお見捨てになるのですか」
とでも言おうかしら。でもキリストのときもそうだったけど、神は、仏は、やっぱり助けに来ない。
絶望するしかないのか・・・
だから、キリストは復活したんだな。
これがないと、絶望で終わる。
だから、たとえ助けが来なくて、見捨てられて、死んだように見えても、実は死んでないんですよ。なぜなら、僕たちも必ず
”復活するから”
愛と慈悲の導くままに
コメント
コメントを投稿