「お金」という新たな生命の誕生

 私は敵の司令部にいました。お金が沢山あるところ。お金が集まるところ。銀行です。

「裏切者!」

確かに。

「スパイなのか」

かもね。もしかしたら「二重スパイ」かも。

「なぜ銀行に入ったのか」

それはもちろん

「お金が好きだから!」

出納にいたときなんか

「〇〇クン、3時までに2億お願い」

「わっかりました!」

1万円札を100枚で小帯、それを10個で大帯にして1千万を作ります。それを10個で1億、20個で2億ですね。だいたい30分くらいですかね。作るのに。それをカバンに入れます。1億だと一人でもなんとか持てるけど、2億だと2人じゃないときついですね。

お金です。おカネです。大好きなオカーネです。夢にまで見た、憧れのお金です。いっぱいあります。いくらでもあります。右を向いても、左を向いても、前を向いても、後ろを向いても、下を向いても、上を向いても、360度、全方向お金です。

「さわってもいいのよ」

この1万円札の手触り、たまりません。いやらしい手つきでさわります。なでまわします。

「もっとさわってもいいのよ。いくらでもさわって」

ああ、新札のかぐわしい香り。キラキラ輝く硬貨たち。500円硬貨、100円硬貨、50円硬貨、10円硬貨、5円硬貨、1円玉。1本50枚で出てきます。お金です。おかねです。オカーネです。

「お母さん、お父さん、ついに来たよ。ほら、こーんなにお金がいっぱい。やっとついたね、極楽浄土に、天国に。」

涙が止まりません。恍惚として薄れゆく記憶の中で、ここはどこ、私は誰?

「あなたは誰なの?」

溶けてゆく自我。迫りくるエクスタシーのなかで、お金の女神と一体となる。そして女神が耳元で囁きます。そっと、優しく囁きます。

「あなたは誰なの?」

わたしは、わたしは、

「私はお金・・・」

憧れてやまないお金。あれほど欲しかったお金。お金のためならどんなことでもしよう、お金に身も心も捧げたい。そしてついに僕はお金となる。憧れのお金になれたのです。

とうとう彼はお金が好きすぎて、お金になっちゃったみたい。こうしてお金は、人間から魂を奪い、生命を吸い取って、自ら生命を得たのです。

お金という新たな生命の誕生です。

お金という女神、新たな支配者の誕生です。

「ところで、じゃあ何で今君はここにいるのさ」

そうですよね。上の話、一部嘘があります。僕が銀行にいたのは本当です。「と」のつく銀行にね。今はいろいろ合併して「み」がつく銀行になっているみたい。(ん?なんか今はみんな「み」がついてんのか?) そこの「か」がつく支店にいたのです。でも、銀行に入った理由が

「お金が好きだから!」

ってのは違うかな。じゃあお金が好きじゃないのかっていったら、そんな人誰もいませんよね。じゃあ好きなんじゃん、て言われたらそれはそうですけど。でも人一倍好きかって言われたら、どっちかっていうとお金に執着は少ない方だと思います。ただでやるって言われたらもちろんもらいますけど。

ではなぜ銀行かというと、就職活動のちょっとした成り行きでそうなってしまったのです。僕が銀行に入った理由は

「OBから電話がかかってきたから」

です。当時は日本経済はバブル崩壊直後で就職は厳しかったですね。僕も何社も落ち続け、何とかN鉄鋼メーカーにだけは最終面接まで漕ぎつけそう、そういった折に、「と」がつく銀行のリクルーターのOBから電話がかかってきたのです。

「ちょっと話聞きに来ない?」

「僕、文学部ですけど銀行に入れるんですか?」

「それが入れるんだよ」

そして1週間も経たずに内定。それがN鉄鋼メーカーがやっと内定を出してくれた1日前。その時思ったんですけど、その鉄鋼メーカー、僕の知り合いも受けていたわけ。そして彼の方が先に内定が出た。そいつと僕とは全然タイプが違うわけ。彼の方が成績優秀で真面目なタイプ。ああ、あのメーカーは僕よりああいうタイプに方を高く評価してるのかなって思った。そして1日早く、それもとんとん拍子で内定を出してくれた「と」がつく銀行。お金にそんなに興味ないけどそっちに行ってみるか。

(N鉄鋼メーカーの内定の当日、ちょっとした騒動がありました。最終面接のその場で内定が出たのですが、そのとき人事のやつらが「と」がつく銀行に内定辞退の電話を入れるように強要してきました。そして電話をかけて向こうの人事が出て・・・僕は怒りを抑えられなくなり、電話を切って、

「どういうことですか?」

怒り爆発、人事に嚙みついたわけです。まわりの社員の奴ら、固まってましたね。そのとき、人事のアタマの方が

「お前、やわやと思っとったけどけっこう骨あるやないか。絶対うちのとこ来い、って自宅まで押しかけて言う!」

って言ったんです。でもこっちも啖呵を切った手前、銀行に行くことにしちゃいました。あとで、その人事の方は僕の親の家にまで電話してきてこっちに来るように説得してきたようですが。さすがに自宅にまでは来ませんでしたね。)

まあ、そんないきさつですね。

そのとき、宗教に目覚めてたのかって?

まさか、全然。今思えば僕を落とし続けた数々の会社の人事のやつら、人を見る目あったよな。

「こいつサラリーマンに向いてねえ」

すぐに見抜かれたみたい。僕なんかを採用した「と」がつく銀行の人事、大丈夫か?でもお金の世界の裏側をちょっとだけ垣間見せてくれたので感謝しています。




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