人類だってお金廃人じゃないか

 前々回でとうとう自分がネトゲ廃人であることがバレてしまいました。たしかに僕はオンラインゲーム中毒患者(今は一時的に正気に戻っている)ですけど、人類だって中毒になっているじゃありませんか。

「お金中毒」

つまり

「お金廃人」

実はこれについて書くのがこのサイトの狙いの一つなのですが、意外と早くその時が来てしまいました。

人類は地球で一番高等な知性を持った生物であると自ら自惚れてますが、それならなぜみんな幸福にならない?どうして多くの不幸が未だに、いつまでも存在するのか。

不思議でしょうがありません。

そう思いません?

おかしくないですか。

高度な知性、言語、科学技術を持っていたら、とっくにみんな幸せになってこの世がパラダイスになってもおかしくないのに。

天国が全然近づかないじゃん!

学問や科学技術が加速度的に発達を遂げているなら、それに比例して人類の幸福も加速度的に増大すればいいのに、全然そうならない。

本当はそれらを正しく利用すれば可能だと思うんですね。人類が飢えから解放されて幸福に暮らすことくらい。だから、もどかしい。やろうと思えばできるはずなのに、できない、というかやらないから非常にもどかしいのです。だから書かずにはいられない。

どこで間違ったんだろう

何かが幸せの邪魔をしている

その原因の一つが「お金」なのではないか。

と僕は思うわけです。

お金自体は人類が発明した便利なものですね。人々の経済活動の範囲が拡大して様々な物資を交易するようになると、物々交換ではやりにくいですからお金というものを発明してそれに交換価値を与えてやりとりするようになったわけです。だからお金自体は「手段」であって、それ自体善でも悪でもない。ところがお金はいろんなものと交換できるわけですから、富の象徴、所有の象徴となってそれ自体がとても魅力的なものに私たちの目に映るようになる。そうしてお金は「目的」となる。自分が作り出した道具である、手段である「お金」に自分が支配されるようになる。

人が幸福のためにお金を使うなら、すなわちお金が手段のままでとどまり、人がお金を支配するなら、人がお金の支配権を握っている限りは望みはある

ところがお金が目的となり、お金が人を支配するようになった時、幸福の阻害が起こるのではないか

だからもう一度支配権を人類のもとに取り戻したいのです。お金が人を支配するのではなく、人がお金を支配する状態に。

なんでも魅せられて虜になって、支配されて中毒になったら破滅するのは、悪の話、中毒の話で見たじゃないですか。いくら好きだからと言って、一時的に幸福感が得られるからと言って、ゲームでも、ドラッグでも、ニコチンでも、アルコールでもギャンブルでも、女遊びでも男遊びでも、中毒になったら廃人ですよ。人生の破滅です。いくらお金が好きだからといって、お金に魅せられて虜になって、支配されて中毒になったら、それは

「お金廃人」

です。人類、破滅です。

だから何としても支配権をお金から人類のもとに取り戻す!

もう一度取り戻す。

さてどうしましょう。

作戦を練らなければなりません。慎重に。

相手は手ごわいぞ、強敵です。お金ですから。しかもその敵、現在人類の支配権をほぼ握ってます。まあ、真のラスボスですね。


コメント

このブログの人気の投稿

最初は子猫のように

ネトゲ廃人のたわごと

「少欲知足」のすすめ