移民について(2)

 前回移民について考えたんですけど、整理するといくつかのパターンに類型化されると思います。

まずは、元の地で迫害を受けたりして命からがら逃げてくるパターン。いわゆる難民ですね。それから、本国で食い詰めて新天地を目指すパターン。そして、食い詰めた訳ではないけど一層の生活向上などを求めてより豊かな国へ移住するパターン。また、自分の能力を最大限に発揮するには本国では物足りなくて世界に飛び出すパターン。最後に、とにかく新しい未知なる世界に魅かれて今ある地を飛び出すパターン。冒険型ですかね。

実際にはこのパターンの幾つかが混合していることも多いでしょう。でも、まずは自らの生存を賭けて、生き残るために生命は移動する訳です。そして、自らを今以上に繁栄させるために移動する。そして、生命自体が自らの生息範囲を少しでも広げるために、好奇心と冒険心を武器に移動する。人類が宇宙に、火星に移住する計画を立てたがるのも、この生命の持つ本能の表れでしょう。

とにかく、人類が生物である限り、移民は止まりませんね。それは生命の自己拡大戦略として本能に組み込まれているのですから。

そしてこれからも、永遠に対立と交流が続くんでしょうね。でも、希望はありますよ。生命が移動するのは結局自己の繁栄のためなんですから、長期的には移民は人類、そして生命にとって必ずプラスに働く。だって、人類が火星に移住できたら、地球の生命体が宇宙にその生息区域を拡大したことになるのですから。

後はうまく共存できるような仕組みと体制作りが必要なんじゃないでしょうか。主役は若者ですね。若者って村から出たがるじゃないですか。そして都会に出たがる。地方の若者は東京に出たがる。そして少し前までは日本の若者はアメリカやヨーロッパに出たがった。未知なる世界にあこがれてかどうかは知らないけど、それでいいんですよ。若者はそうじゃないと人類が繫栄しないし、生命も繫栄しない。若者ってなぜか、宇宙に出たがるよね。酸素もないのに?息できないじゃん。でもそれでいいんですよ。

だから、とにかく移動する生命にたいして、僕はエールを送りたいと思っているわけです。

そして神も(仏も)移動する生命に対してエールを送ってるでしょうね。だって、あらゆる機会を逃さずに移動するようにわたしたちを仕向けているのは神様なのですから。

産めよ、増やせよ、

そして拡がれよ、どこまでも、宇宙の果てまでも

愛と慈悲の導くままに


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